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2013/05/07 (火) 17:48

ソンさん

先日寄付のご報告をさせていただきましたが、
Plaitsさんに送らせて頂いた3万円は、Plaits代表新村さまを通じて
現在ベトナムから広島に留学中のソンさんに届けられました。

全盲のソンさんは、日本で学び、日本の「はり」、「きゅう」、そして「あんま・マッサージ・指圧」の、
3つの国家試験に合格しました。
資格を活かして治療にあたる一方で、盲人支援活動にも携わってきました。
2013年4月より、広島大教育学部において、特別支援教育を勉強することになったのです。


ソンさん
以下ソンさん談
子どものころからいわゆる「夜盲」でモノが見えにくく、徐々に視力が落ちていきました。
普通学校に通っていたので、昼間に明るい光の下で教科書を読んで内容を暗記して、授業にのぞみました。学校の光では、黒板も教科書も見えなかったからです。

中学2年のときに完全に失明してからは、家族や友人に教科書を読み上げてもらって予習し、授業は聞くだけになりました。
普通高校に進学して勉強を続け、3回目のチャレンジで卒業試験にも合格することができました。
その後、ハノイのオープン大学で3年間英語を勉強したあと、伝統的医学カレッジに入学。ここでも健常者と同じ条件で勉強していたので、周囲の友人に助けられながらふつうの教科書を使用し、見えなくてもきちんと文字を書ける道具を工夫して自作。3年間で、漢方薬・はり灸マッサージなどの東洋医学を学びました。妻とは、この時に大学で知り合いました。

結婚後開業しながら勉強をつづけていたところ、機会に恵まれて日本の筑波大学付属盲学校に留学。そこで「はり」、「きゅう」、そして「あんま・マッサージ・指圧」の、3つの日本の国家試験に合格しました。

僕をささえてきたのは、何かをやってみたいという意欲と、頑張ればハンディがあってもできるはずという信念でした。

子どものころ、医者は「30歳までには失明するので、学校に行かないほうがいい」、母が相談した占い師は「いくら勉強してもこの子の将来はない」と言ったそうです。
でも僕はそれを跳ね返したかった。
何よりも、夢を実現できないかもしれないと、自分で思い込んでしまうことが嫌でした。

たとえばニワトリの飼育をしていて、はじめはうまくいかずに、死なせてしまうこともあります。けれども知識を持てば、同じ間違いを繰り返さず、よりよいやり方を見つけることができますよね。

僕は、今、自分が努力した結果、いろんなことができるようになったと実感しています。

今は、日本でとった資格を活かしてマッサージ治療をおこなう一方で、後進の指導もしています。自分が留学で学んだことや、盲人支援の活動を通じて得た知識と経験を活かし、次につなげていきたいです。
ハンディキャップを持つ留学経験者が連携して、IT技術なども積極的に活用すれば、活動が広がっていくと思います。そして、若い人たちにも盲人支援活動に興味を持ってもらいたいですね。


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